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佐世保の歴史
第1章
佐世保のあけぼの
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1 旧石器時代の佐世保

 どうしてこのように遺跡が多いのか考えてみよう。
 まず、大陸に近いという利点があったことであろう。
 今から約2万年前の最後の氷河期には現在より気温が7度ほど低く、海面は約100mは低かったといわれている。大陸とは陸続きで今の九十九島はなく、東シナ海から容易に、人や動物たちが渡って来ることができた。さらに、人が生きるには衣食住の条件がそろわねばならず、それを満たすための道具が必要である。その多くは石器であり、その原産地が近くに立地していたことが幸いしたと考えられる。また、この周辺はこうせきせい洪積世(約2百万年前)に作られた溶岩台地が広がっており、その後の海面変化や浸食作用で形成されただんきゅう段丘や台地が旧石器人の生活舞台だった。もう一つは火山灰土が厚く堆積せず、表土がうすかった結果、遺跡の発見される割合が大きかったこともあげられよう。

図1 市内旧石器遺跡分布と黒曜石原産地

図2 旧石器時代の動物群と狩りの想像図

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