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佐世保の歴史

佐世保のあけぼの

 

2 旧石器時代の人々のくらし(1)

 この時代の人々は、どのような道具を使ってくらしていたのだろうか。図3のように、その代表 的な道具が石器であり、その中で狩猟に使われたと思われるのがナイフ形石器や台形石器といわれるものである。これらは、 特に後期旧石器時代に一貫して使用されていたことから、ナイフ形石器文化ともいわれている。
 ナイフ形の石器は長さおよそ 4〜5cm、一方に鋭い刃を持ち、片方を刃つぶしをしているもので、獣を切ったり、突いたり、刺したりするのに適した道具であ る。大きく分けると柳の葉のような形と三角の形をしたものがある。一方、台形(だいけい)石器は両方の側面の刃をつぶし、上 部に刃をつけた狩りの道具といわれている。
 その外、動物を解体したり、調理したり、道具を加工したり、切ったり、皮を剥(は )いだりする削器(さくき)や掻器(そうき)、彫器(ちょうき)、槍の先と思われる鋭く尖った石槍、たたき石などの石器、さらには、 骨角器など石器以外の道具もあった。これらの石器は、佐世保だけでなく県北や離島部、さらに九州、全国各地でも使われ ていた。
 今から約2万4、5千年前に、南九州の姶良(あいら)火山が大噴火した。きわめて大規模の噴火だったため、南九州周辺の旧石器人たちは、全滅に近い大きな被害を受け、移動生活を強いられることにもなった。火山灰は西風にのり全 国に姶良(あいら)丹沢(たんざわ)火山灰(AT層)という地層を残している。これがこの時代の大切な鍵の層となり、遠い地域 間での石器文化の比較に用いられている。長崎県は九州北西にあるためにAT層があまり積もっていない。
 県内の考古学研 究者が、活発な踏査や調査を行ったことで、後期旧石器時代の全体像が分かってきた。  佐世保では泉福寺(せんぷくじ)洞 穴と小森川中流の上原(うわばる)遺跡、こも田洞穴、横手(よこて)遺跡、天神(てんじん)洞穴の発掘調査が行なわれ、こ れらの遺跡からはたくさんの旧石器時代の石器が出土している。しかし、多くは図1の分布図にあるような遺跡での表面採集の 遺物である。
 AT層のすぐ上の地層でよく出土し、県北に多く見られ、尖っていることから石槍の用途を持ったとされる剥片尖 頭器(はくへんせんとうき)と三稜尖頭器(さんりょうせんとうき)という石器がある。これらの石器は長さおよそ7〜8cm、鋭く尖っ た槍先で大型の動物を刺し、その肉を食糧にしていたのだろう。しかし、その大型獣もやがて、旧石器人の狩猟によってわが国 から姿を消してしまう運命が待っていた。

図3 ナイフ形石器と台形石器

図4 後期旧石器時代の石器

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