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佐世保の歴史
佐世保のあけぼの
5 旧石器時代の終焉
旧石器時代の西日本では氷河期の環境にあって、落葉性広葉樹林(らくようせいこうようじゅりん)が広がっていた。その後、温暖化の進んだ西日本の各地にはシイノキやマテバシイなどの照葉樹林(しょうようじゅりん)の森が出現していた。それとともに動物相や植物相そして大自然の変化が起きた。約1万5千年前である。
こうした自然環境の変化は、後期旧石器時代の生業(せいぎょう)では新しい時代には生きていけないものであった。
後期旧石器の終末期が近づいていた。そのような環境に合わせて人々は、生きるための知恵を出し、力を合わせて大自然に立ち向かったのである。石器は動きの早いウサギ、イノシシ、シカなどに合わせて、改良も必然的になされている。ナイフ形石器は旧石器の最終段階には小型化し、台形石器もその傾向が見られている。さらに細石器(さいせっき)という組み合せの狩猟用具が使われはじめた。人々の行動や狩猟のための生活の様相、交流の範囲もこれまでと大きく変化したと思われる。
細石器は北海道から九州のほぼ全国で使われていた。しかし、東日本では細石器の使用期間は短く、尖頭器や石斧(せきふ)を磨いた技術的にも進んだ石器が使われていた。
大村湾を望む大村市の野岳(のだけ)付近から、この時期のものと思われる野岳型細石核(のだけがたさいせきかく)(図7)という石刃を剥いだ小さな石の母岩が出土する。これは九州だけでなく、ほかの地域にも広く使われていた形跡がある。形は円錐形(えんすいけい)または半円錐形(はんえんすいけい)をしており、この細石核が旧石器時代の終末期を代表するものであった。
その形をした細石核が、佐世保付近で牟田張平河原(むたばりひらぐれ)、相当原(そうとうばる)、福田などで採集されている。採集される地域には一つの特徴が見られる。特に低地より高地の烏帽子岳や相浦川流域の比較的高い地域に分布する傾向があり、そのあとの西海技法(さいかいぎほう)の細石核とは明らかに分布域を異にしている。それが何を意味するのかはよく分からないが、奥行の深い山地に棲息する動物たちの狩りと関係があったと思われる。
その細石核から剥がされた石刃を細石刃(さいせきじん)という。長さはおよそ3〜4cmであろうか。木に骨などに装着(そうちゃく)して替え刃のようにして狩猟用具に使っていたらしい。
自然環境の変化は、急速に到来し、動物相や植物相の生態系にも影響を及ぼし、海面の上昇、河川の流れ、山地の変動、火山活動などでその姿を変え、旧石器時代の終焉(しゅうえん)と新時代の夜明けを告げるものだった。