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佐世保の歴史

江戸時代の佐世保

3 郡代・代官・庄屋

 市立図書館所蔵の大野下条家文書に、上掲(図5)の庄屋文書がある。
        願い奉る口上覚
一、米一斗二升 南光院渡 但実盛(さねもり)清め料、前例の通り
一、銀五匁    但実盛拵入(こしらえ)用紙諸式代(しょしきだい) 右同断(右に同じ)
一、銀九匁三分三厘 但焔?(えんしょう)壱斤半代 諸人渡
 右は、この度稲田に害虫が出て、鯨油を下されたので、それで虫取りをいたしましたが退散せず困っています。そのため、村人一同で三日三晩百万遍の虫退散御祈祷の上、前例の通り「実盛追下し結願(けちがん)」をしたく願いいたし ます。右入用費は今秋より上五ケ村の「高懸(たかかがり)(石高に応じて負担させる村入用費)」として徴収を許されますよう、宜(よろ)しく仰(おお)せ達せられ下さるべく候。以上
  己六月十六日   庄屋 次藤慶助
 崎村 国平 様
 野口徳左ヱ門様
右願の趣承糺(ただ)し候処、相違御座なく候間、願の通り御免なられ候様、宜しく仰せ談ぜられ下さるべく候、以上
             野口 徳左衛門
             崎村 国平
 岡村琢右衛門様
  右承届候       岡村琢右衛門
 この文書は安政4年巳(1857)6月、大野村庄屋次藤慶助が相神浦谷恒例の夏の虫追い行事の必要経費を、相神浦上五ケ村里美(さとよし)・大野・皆瀬(かいぜ)・中里村)の高懸(たかかがり)として徴収することを求めたものである。崎村国平・野口徳左エ門は代官で岡村琢右衛門は郡代である。
 崎村国平は天保の頃、早岐浦目付(はいきうらめつけ)や三川内皿山代官、安政五年からは中里村の相神浦下三ケ村代官・文久の頃は佐々四ケ村の代官を歴任している。この巳年は大野村にあった相神浦上四ケ村の大野村の代官だったようである。代官は中小姓・役馬廻の格の地方給人(じかたきゅうにん)がつとめている。郡代の岡村琢右衛門は高五拾石の馬廻(うままわ)りの格禄(かくろく)である。両者とも村方の行政全般、特に年貢が完全に納まるよう村や田畑のすみずみまで気を配った。また治安や産業の育成などで庄屋など村役人に指示を与えたり、指導したりしなければならなかった。
 相神浦筋郡代役所は中里村の東漸寺(とうぜんじ)の近くにあった。幕末の慶応2年(1866)に、佐世保浦に近い谷郷の 地に移された。県北会館の前、国道沿いの七種家石垣が当時のおもかげを残している。
 幕末の相神浦郡代役所支配地は、相神浦筋7ケ村と南7ケ村の14ケ村であった。相浦川沿いの里美・柚木・大野・皆瀬・中里・山口・新田の各村は、俗に相神浦谷7ケ村と呼ばれ、大野と中里に代官所がおかれた。佐世保村及びそれ以南の日宇・早岐・折尾瀬(おりおせ)・広田(ひろだ)と崎針尾(さきはりお)・江上(えがみ)の各村は南7ケ村、または早岐7ケ村と呼ばれた。佐世保と日宇村を治める代官所は佐世保に、その他の村々は早岐村の代官所の管轄(かんかつ)であった。早岐には2人の代官がおかれた。
 庄屋は代官の管轄下にあって、その指揮監督を受け、村の行政事務を行なった。どのような人が庄屋になったのだろうか。
 現在、崎岡町の山戸家に折尾瀬村と広田村の庄屋文書が残されている。
 折尾瀬村の庄屋を文政の頃から調べて見ると、中原宗助、尾崎龍蔵、久村民左衛門、豊里貞右エ門、福本忠右エ門と受け継がれている。庄屋文書は庄屋屋敷に保存され、明治3年廃藩置縣(はいはんちけん)の前に里長となった山戸(関戸)貞二によりその文書が保存されたのである 。
 平戸藩では、少なくとも幕末の時期、庄屋は転勤族であった。文久の頃、山口村庄屋であった松本織之助は「勤年数書」に自分の履歴(りれき)を残している。それによると、折尾瀬村の小筆取や中里村馬差(ばさし)の筆取(ふでとり)などで行政手腕が認められ、新田、大野、佐世保、柚木そして山口村などの庄屋を歴任している。「安政3年まで庄屋12年、筆取から数えると43年勤めている」と述べている。
 庄屋の第一の仕事は年貢(ねんぐ)の収納に係わる行政事務である。「田畑御物成払目録ひかえ」「田方略高寄(たかよせ)帳」「物成守懸(もりかけ)帳」など多くの庄屋文書をみると、計算力や筆記力など、すばらしい実力の持ち主であったろうと思われる。そうした行政官僚としての力を認められた者が、庄屋役や筆取役にとり立てられたと思われる。  この庄屋を助けるのが筆取であり、筆取役所もあった。
 免(めん)ごとに百姓の代表として平戸藩独特の朸頭(さすがしら)が置かれたが、幕末は触(ふれ)という、免より大きい行政単位に朸頭をおき、免ごとには5人頭に代表をつとめさせている。その外、升取(ますとり)や作方見計役(さくかたみはからい)などがおかれた。

図5 奉願口上覚下条家文書(佐世保市立図書館蔵)

図5 奉願口上覚下条家文書(佐世保市立図書館蔵)

写真1 相神浦筋郡代役所跡(七種家)
  〜慶応2年より(NTT前)

写真2 庄屋跡
(池野付近)

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