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佐世保の歴史

江戸時代の佐世保

8 新田開発

 上の古文書は、正徳4年(1714)に小値賀の小田伝次兵衛(おだでんじべえ)が願い出て工事がはじめられた、指方の小田新田開発記である。
 このような遠浅の早岐瀬戸だけでなく、現在の佐世保の市の中心街や河口の工業地区や水田など、ほとんどが江戸時代の新田開発により造成された所である。また烏帽子岳や石盛岳などの山麓も用水池が築かれ新田が造成された。
 平戸藩が藩政のはじめ新田開発にのり出したのは、貿易の利益がなくなって、苦しくなった藩財政を補うためであった。勿論それを支えたのは土木工事技術の進歩であった。また百姓達が自分たちの生活を豊かにしたいとの要求があったからである。
 藩が行った佐世保地区での最初の新田開発は早岐新田だった。松浦家年表によれば、慶安4年(1651)に起工し、約2ヶ年をかけて承応2年(1653)に完成した。小森川の流れを現在のように切りかえ、13町余の新田が生まれ、「家数40軒ほどの町を建」と記録してある。
 早岐とともに、藩が最も力を入れたのが相浦川の河口の干拓であった。江戸初期は、愛宕山の山すそ深くまでラッパ状の入江であった。川下新田の開発は、明暦元年(1655)から寛文6年(1666)まで10年間の工事で完成した。新田の総面積は約100町余、作付面積は90町余に達した。
 寛文2年(1662)在々定(ざいさいさだむ)は「荒地を開発したら、その処の手間入次第、2年にても、3年にても、見分して年貢を免除する」としている。それが寛政年間の郡方仕置帳では、「開発の田地は開いた年より6年作り取り、7年目より検地をして、その土地相応の高の半高」としている。これは新田開発をした人に大変有利であった。
 こうした藩の保護制度によって、佐世保地方の村々にも個人の財力による新田が開発された。
 先にあげた指方町の小田新田は小田伝次兵衛により開発された。伝次兵衛は小値賀で捕鯨業を始めた小田家の二代目で、壱岐・対馬の浦々へも出漁し財をなした。その資本で廻船業や酒造業もおこしていた。伝次兵衛は、まず野崎島や紐指(ひもさし)村で新田開発をはじめ、正徳4年(1714)12月から針尾島の指方の入江に新田普請(ふしん)をはじめた。
 8月27日、新田見分(みわけ)の6名は、6丁立の鯨船で小値賀を出船し、同日早岐到着。翌日まずしたことは、新田開発した時に、必要な用水を供給するための用水堤を構築する場所の選定であった。この時作られた、北谷と諏訪の池は今も満々と水をたたえ、現在も小田新田の農業用水をまかなうのに十分だということである。
 深谷から館城(たつしろ)まで680間(約1,200m)、高さ6尺で幅4間の土肥を築き、四間幅の遊水池を潮遊(しおあそび)とした。その内側に耕地化するための高さ4尺の内土肥が作られた。現在は立川といわれる100mごとの用水路が潮遊に流れ出る所に内井樋(うちいび)が造られた。早岐瀬戸に面する外土肥には3ケ所の井樋(いび)があって、新田内の潮遊の水を排水し、満潮の海水をせきとめ、海面下の新田耕地を保護した。小田新田はさまざまな手を加えられながら戦後の農地改革まで小田家の所有で、入作した小作農は上米(小作料)を小値賀の小田家に送ったという。
 佐世保市中心部の市街地もこうした新田開発で生まれた土地である。古い記録では、佐世保川の東岸の浜田、古新田は天明元年(1781)、佐世保浦の浜崎七郎左衛門が手がけたといわれている。また島地岳南方の塩浜(しおはま)(山県(やまがた)新田とよばれた山県町一帯)、破(やぶれ)新田(白南風町の海岸)は寛政の頃(1790頃)、同じく浜崎七郎左衛門が開発をはじめ、山県家に受け継がれて造りあげられた。山県家は生月の捕鯨業で産をなした益富(ますとみ)家が士分になった家柄であった。
 このほか佐世保川尻の西岸の播磨新田(今の佐世保公園)は、寛政4年(1857)ごろ播磨屋総兵衛が、またその内側の中島新田は安永3年(1774)ごろ富田六蔵により開発された。これで佐世保河口の「よこ島」と呼ばれた島が陸つづきになった。  天明5年(1785)、福石川河口の競輪場付近にカンジャ新田を開いた川口勘左衛門は、木場浮立(こばふりゅう)の初代師匠でもあった。
 日宇村の日宇川と西龍川の三角州は、大塔新田と同じ折原孫左衛門の開発である。日宇内新田30町、外新田15町といわれたが内新田は白岳工業団地に変わり、外新田は国立高専や自動車学校になっている。孫左衛門の三代目牧三郎は早岐境の所に2町歩の新田を干拓する資金に困り、妻に糸繰りまでさせた苦労話から、糸繰(いとくり)新田の名を残している。

図11 指方新田文書

写真11 小田新田

表2 新田開発年表

図12 佐世保の新田干拓
(私たちの佐世保市より作成)

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