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佐世保の歴史

江戸時代の佐世保

中世以来、約400年にわたって毎年続けられている佐世保を代表する市に『早岐茶市』と『あたごさん市』がある。
 早岐の茶市は5月の8の日を中心に、7・8・9を初市、17・18・19を中の市、27・28・29をあとの市、6月の7・8・9を梅市と呼んでいる。この市は、昔山の猟師たちのとった鳥や獣の皮などと、付近の漁民のとった魚や海草などを物々交換していたことからおこったといわれている。幕末の頃は、600隻の船が瀬戸を埋め町は数万人の人でにぎわい、早岐の商人は、この茶市で一年分の収入を稼いだといわれている。この市もしだいに衰えはじめたが、今なお、物々交換の名残りをとどめている。三川内焼の名工今村如猿もここで天草陶石を見つけたという。「茶市風に吹かれると、一年中病気しない」ともいわれている。
 相浦は古くから港として栄え、この地方の中心地として繁栄した町である。ここで、毎年2月24日、25日、26日の3日間『あたごさん市』が開かれていたが、最近は土・日を中心に開かれている。古くからある愛宕神社のお祭りである。時節がちょうど植木の候なので、いつしか植木市が立つようになり、早岐茶市と並び、藩制のころから盛んになったといわれている。愛宕山頂の愛宕神社のお祭りには、無病息災や家内安全、豊作、豊漁も祈願して、人々は急坂を登る。
 九州各地からやってきた植木商人の市が相浦橋から海岸まで立ち、農具や陶磁器、雑貨を並べた大道商人の店が約200軒も並び、見世物小屋もかかったそうである。
 近づく春に備えて苗木を買い、漁具をそろえようと、近くの農民や漁村から人々が集まってにぎわっていた。
 この市が開かれると、春の息吹きを感じることから、「あたごさんとともに春がくる」といわれている。 近年はその様子がずいぶん変わってきているが、町の世話役の工夫でにぎわい、数万人の人々が集まるという。この二つの市は、昔から人々の心がこめられている。

 
写真   早岐茶市  あたごさん市